発達凸凹(でこぼこ)的な消費生活

~発達障害サラリーマンの家計奮闘人生記です~

苦手なことを克服していくか、得意なことを伸ばしていくか

苦手なことを克服していくか、得意なことを伸ばしていくか

 

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ブログのタイトルにもあるように発達凸凹とは、文字通り脳の発達に凸凹(ムラがある)という意味なのだが、この表現にあまりなじみのない人も居ると思うので、説明しておくと、

 

人間には得意・不得意があると思うのだが、それは個々の脳の処理能力に起因する。

 

分かりやすい例でいえば、学校の科目で、算数は得意だが、国語が苦手というように、科目が異なり、異なる脳の処理能力を要求されると処理能力の違いから、「得意、苦手」というものが発生する。仕事でも同じだ。事務処理が得意な人も居れば、対人処理が得意な人も居る。この処理能力の差の異常値を示すものがいわゆる「発達障害」と言われ、このことが当事者を生きづらくしているのだ。

 

よく勘違いされるのが、得意不得意は誰にでもあるのだから、努力が足りないだけと言われることもあるのだが、(当事者はこの部分を是非、右から左に聞き流してほしい)そうではなく、障害レベルで処理能力に差があり、これは社会生活等において大きな生き辛さの原因となる。

 

定型発達に知って欲しい発達障害
  • 得意な事、不得意な事に著しい差がある
  • その差は、とても大きく、日常生活、社会生活を送る上で大きなハンデとなる。
  • 苦手なことに対しても克服しようとしており、努力していないわけではない。
  • 逆に得意な事は他を凌駕するレベルで得意な場合がある。

 

分かり易いかどうかは分からないが、例えば、どちらもそれなりの人数を運べる飛行機とバスを比べてみると、人を運ぶ目的は一緒だとしても、片や空を飛んで人を運ぶのと、片や陸上で人を運ぶという構造上の造りに圧倒的な違いがある。バスはそもそも空を飛べないし、飛行機は陸上を小回り効かせては走れないのである。

 

飛行機でもバスでも得意なこと不得意な部分があり、この差は大きいのである。

だからと言って、飛行機が陸を小回り効かせて走れないことに対して欠陥があるとはならないし、バスが空を飛べないからと言って、乗客が責めるようなことにはならないのである。

 

 

 

 

「発達凸凹」は「障害」という言葉を使わずに、

発達障害者の人たちの得意不得意に、凹凸(おうとつ)があるという特徴を表す言葉である。

 

前置きがかなり長くなってしまったが、タイトルである「苦手なことを克服していくのか」、「得意なことを伸ばしていくのか」のどちらが良いのかということだが、筆者自身の結論を述べておくと、答えは「得意なことを伸ばしていくのが良い」という考えである。

 

もちろん、生きていくうえで苦手なことを克服していくような場面は多いし、それなりの努力の姿勢は重要であるし、欠かせない。しかし、どのように頑張ってもうまくいかない場合、それが障害レベルで圧倒的に困難だと分かったのなら、見切りをつけて、得意分野に目を向けた方が良いと思う。

どんなに努力してもそれが報われないのは誰でも悲しいし、つらいことだ。

そのことで、自分を責めてしまったり、こころが悲しくなったり、努力し続けている過程で疲れがたまり、心がポキッと折れて、病気になってしまうくらいだったら、得意なことに目を向けて、自信を持った人生を送っていった方がずっと良い。

 

筆者が思うには、苦手なことを克服していく姿勢はとても素晴らしいし、とても大切なことだが、「それでは人生が辛く苦しいものになってしまうのではないか?」ということだ。

 

 人は生きている時間がどんなに長くても100年くらいと限られているので、空を飛べもしないのに、長い期間、手をバタバタさせても、飛べるようにはならないし、その間の体力や神経を何10年も費やすことになる。そして飛べないことのストレスで身体を壊してしまっては意味が全くない。

そんなことより、自分の時間をもっと楽しく、有意義に、そして得意な能力を誰かのために使う方がよっぽかも幸せな人生を送れるのではないだろうかということである。

 

 

空を飛べないのなら、少しジャンプできただけでも良しとしたり、飛行機という他力で空を飛んで良しとすれば良いのである。苦手なことは、克服とまではいかなくても、そのために全力で考えて、工夫して何とか対処できればそれでいいのである。そして浮いた時間や労力を、自分の得意なことに目を向けて、自分のためにそして誰かのために使った方が良いのである。

 

苦手なことで叱られるのだったら、得意なことで褒められ、感謝され、人のためになればその方がお互い幸せなのである。繰り返し言うが、人の時間は限られているのだ。

 

とは言え、なかなか、そのように気持ちを切り替えていくのはなかなか考えていくのは難しい。

 

筆者も苦手なことを駆使し、疲れ切りながらも会社勤めという生活をしているのだが、 得意なことで食べていけるようなものがない限り、そのような職業選択をするのが自然で、そのような人が圧倒的に多いのである。

だからこそ、せめて気持ちの持ちようだけを変えて、「苦手なことを克服するより、得意なことに目を向けて、自分を責めるような人生より、自分の得意なことで一生懸命誰かのために働いて行けばいい」と思えば、気持ちはかなり楽になるのではないだろうか?

 

誰に何を言われようと、そんなことは気にすることはないのである。

  

得意なことを活かして働く【dodaチャレンジ】