発達凸凹(でこぼこ)的な消費生活

~発達障害サラリーマンの家計奮闘人生記です~

感覚が研ぎすまされ過ぎていて疲れている発達障害

いろいろな出来事に感動できる発達障害

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発達障害は感性が豊かというようなことを耳にするが、これは音楽や絵画や芸術性に優れている、将来は芸術家になれる、というような意味ではない。もちろん障害特性の結果として、芸術に優れた才能を発揮する人も多いかもしれないが、これは感性が豊かというような言葉で一括りにするべきではなく、いろんな外的環境、つまり「出来事」に対して人1倍反応する、いわゆる「イベント過敏」(筆者作成)のようなものがあるように思う。

 

発達障害には聴覚過敏、視覚過敏、触覚過敏といろんな過敏があるが、

 
定型発達に知って欲しい発達障害
  • 外部刺激に弱くストレス耐性が低い
  • 聴覚過敏、視覚過敏など、音や光に弱い
  • 職場だったり都会の音は発達障害者にとっては工事現場のような環境である

 

(実際に筆者は聴覚過敏にすごく悩まされていて、仕事などの社会生活や、日常生活にも影響する)このイベント過敏は、いろんな出来事(出来事と言っても小さな些細な事からそれなりの体験まで)を意味するが、例えば、我が家に新しいテレビが導入されて、テレビの色、音質、大きさ、そしてテレビの匂いなどすべての要素にいろいろと過敏に反応してしまったり、例えば学校の運動会でかけっこでひとりこけてしまったとき、こけて擦り剥けた傷の痛みと同じくらいに、その時の地面の感触、気温、天気、周りの歓声の声、先生の声掛け、保健室で手当てをしたときの保健室の匂いとかすべてに感動し、すべてが鮮明に脳内に刻み込まれるのだ。普通の人なら、

 

 

 

家に新しいテレビが入った時

 

<定型発達>

見やすくなったねえ(あるいは前の方が良かったねえ)。

 

<発達障害>

家に新しいテレビが来た、宅配の人は2人組の男性でものすごい汗を掻いていた。作業着は汗まみれで風邪をひかないだろうか。。。新しいテレビは、新品の匂い。。。好きな匂いではないな。。。肝心のテレビは、音は前のより重くなったかな、画面は大きいが、その分目は疲れそうだな。家族はみんな楽しそうにしているのだが一体何が楽しいのだろう。今日は朝に降った雨でジメジメしているなそれでも気温は26度か。。。このテレビに慣れるまでにかなりの時間がかかりそうだな。。。大丈夫かな。不安だな。(人によってはその時のBGMが心の中で流れているだろう)

 

 

運動会でこけてしまったとき

 

<定型発達>

運動会でこけてしまった。恥ずかしい。足の擦り傷が痛いな。

 

<発達障害>

運動会でこけてしまった。恥ずかしい。周りの歓声が自分への批判に聞こえる。いや応援だろうか、いやそんなはずはない。こけた自分を見て面白がっているのだろうか。足もすりむいてしまった。ズキズキと痛いな。先生が声をかけてくれてるな「大丈夫か?立ち上がって最後まで走れ」だと。。。そんなことはわかっている。それよりもクラスで明日からの笑いものにされないだろうか。。。今日の天気は快晴。だた若干の風がある。暑くもないし絶好の運動会日和だな。空気もいつにもなく爽やかだ。こんな時にこけるなんて、ゴールしたら保健室に行こう。

 

とここまで発達障害の心理を克明に記した本やネット情報があったであろうか(いやない)くらいで発達障害の心理を書いてみたのだが。これこそがイベント過敏というものである。

その時起きた出来事やその時の周りの声、天気や自分の感じた匂い、そしてその出来事に関する不安や被害妄想的なところがあるのも、起きているすべての出来事に過敏に反応しているのだ。

 

まだ分からない人のためにもう少し例を挙げてみよう。

 

例えば、「子供のときよりも大人になってから、時間が経つのが早いと感じる人が多くいると思う。」これは、小さいことはいろんな体験が新鮮で、上記で述べたように、いろいろな出来事に自分の身をもって反応する。吸収する情報も膨大で、それが一種の充実感、達成感となって、一日にいろんな出来事を吸収していくのである。当然その量が多いほど、いろんな体験をこなし吸収したということで時間が長く感じるのである。しかし、大人になっていくと、すでに経験済みの体験であれば特に感動もなく、吸収することもないので、そのイベントに大きな感動はなく、日常の一コマとしてさらっと流していく。特になんとも感じず空気を吸っているようなものと何ら変わりはないのである。当然、日常をさらっと流す分、時間は短く感じられる。

 

これは筆者の理論だが、発達障害は大人になってからも「様々な体験・イベント的なものに過剰に反応しない」という能力が未発達というようなことがあると思う。だから、大人になってもいろいろな事に過敏に反応してしまい、いわゆるイベント過敏が発生する。」

それが、感性豊かというような理解となり、その研ぎ澄まされた感覚で、芸術分野に秀でているというような理解をしてしまうのであろう。

 

ただ、このイベント過敏は、そんな良いものではない。

考えてもみて欲しい、普段からいろんな出来事が起こるたびにいろいろな神経を研ぎ澄ませていたら本当に疲れてくる。いろんな事に脳が全力で反応して、いろんな事を考えてしまったら、脳みそは処理しきれなくなってあふれてくる。

当然、成長していくうちに、体験するレベルは徐々に上がっていき、いざ社会に出てみるといろんな事態に直面した脳はパニックを起こすのである。発達障害の人は何かをさらっと流すことができないのである。そして一度気になったことが起きるとその事が頭の中で堂々めぐりをするような状態になってしまう。

 

どれではどうすればよいのか?

 

子供のころはむしろ色んな事を真正面に受け止めていろいろ考えていくのは大切な事だ。重要なのは年齢が徐々に上がるに連れて、どうでも良い事柄を頭の中から切り捨てていくような作業だ。

 

家にテレビが届いたときに感じたことを、テレビの感想だけに留めておく。

運動会でこけた時も悔しいということだけに留めて、余計な事を考えない。

 

これが大人になっていくに連れて、徐々にできるようになっていけばいいのである。

実はこれがまた難しいのだが、筆者の場合は、ここ数年でできるようになった。

というのも、ある程度の情報を切り捨てないと、脳や身体や心が持たないことに気付いたのだ。

 

本当に大切なことを知った時、ものすごい感動を味わったとき、そんなときのために誰よりも感受性豊かに出来事を感じ取れる発達障害なのだから、その時の感動を自分に言い聞かせたり、他人に伝えたりするときのためにとっておこう。

 

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